8月6日その日私は、広島のあるホテルの一室で目覚めました。
いよいよ今日だ、、、と自分が参加するプロジェクトに思考をめぐらせる間もないままに、目覚めた瞬間から、涙があふれ出て来ました。 しばらくの間その涙は止まりませんでした。
外から聴こえてくる何百匹もの蝉の鳴き声からも、何台もの叫ぶ街宣車からも、行きかう団体の人の動きとその声からも、広島の暑さからも、ひしめく、うごめく、うねりのような、感情の渦みたいなものを感じました。 東京にいたら何も感じないし、知ることさえないだろう8月6日の広島。 練習のために訪れていた時には感じなかった何か。 8月6日の広島はそれほど違っていました。 それが70年前のこの日ここで何が起きたのかを充分に物語っている気がしました。
前の投稿で少し触れたけど、8/8に生放送があった『NHK思い出のメロディー』と重なって進行していたので、東京と広島をちょっぴりフラフラしながら行ったり来たりしてた。
すでにご存知の方もいらっしゃると思いますが、私 ‘ダンスで世界平和’ なんて大それたことを自分の夢として公言していますね(^^ゞ
これまでインタビュー番組などに出演させて頂いた折、常に言葉にしてきたけれど、なぜか、不思議なことに、いつもここだけ編集によりカットされて来ました。 世界平和を口にすることが今それ程ナーバスな問題なのか、ダンスが世界平和につながるわけがないと思われているのか、、、分からないけど、いっつも地方局を除いてカット(・_・;)だった。
‘ダンスで世界平和’ ・・・ ダンス (=舞い) は、人間の生活と文化に根付いて(密着して)いるものであると知ることで、ダンスの持つ生命力やコミュニケーション力を身体で感じることで、争いなんて無くなるのではないかと、私は「ダンスの力」を信じています。 ダンスを広めることで、一人一人少しずつ伝えていくなど当然長きに渡り続けていることだけれど、実際に明確な行動としても何かを発信していかなければなどと考えていたところ、私は、中国新聞が主催している『PEACE ACT』の存在を知りました。 自らボランティアでの参加を切願し、友人のつてをたどりさまざまな方の協力を得ながらこの日を迎えました。 『PEACE ACT』と『広島 愛の川プロジェクト』がジョイントすることで、その日のステージングと振り付けという自分にできることで参加したのだけど、、、。 まずは「広島 愛の川」に振りを付けました。 “「広島 愛の川」振り付けMOVIE練習用”と検索すれば、私自ら踊っている動画に辿り着くと思う(^-^;)
経緯を語っていると本当に長くなってしまうので、ちょっぴり省略させて頂いて、、、っと。
結果、広島平和記念公園の親水テラスで行ったそのステージは、自分としては多少悔いの残るステージとなってしまいました。 誰がイケないのでも悪いのでもありません。 それは果てしなく難しいものだったのだと思います。 8月6日「広島市原爆死没者慰霊式並びに平和祈念式」当日の平和記念公園で歌を歌うこと。 記念日という催し物でもなく、暗い鎮魂でもなく、きちんと届くメッセージでなければ・・・。 そこにいる人間一人一人がその瞬間だけでもひとつにならなければ、、、。
勘違いしないでね(^ー^) 出演者の子供たちは本当に頑張ってくれていました。 お手伝いをしてくれた、力を貸してくれた大人の方々も頑張ってくれました。 本当に皆さん素直でまっすぐで一生懸命歌と振りを覚えようと練習してくれました。 本当にありがとうございました。
私の言っている悔いとは、プロの演出家、振付家としてこだわりを持つべき部分であり、自分自身が想定していた完成度まで導くことができなかった自分自身の悔しさであり、戒めです。
出演するのは、広島在住の子供たち130人に加え地元歌手の皆様や親御さんたち。 私に与えられた練習時間は一日2時間の二日間。 足りない分は振り付けムービーを見て各自練習してもらおうと、恥ずかしながら急遽自ら動画を撮ってUPしたり。 だけど、ステージングの部分ではあまりの時間の無さに、無力でした。 広島のその大切な日に、その大切な場所で、許された限られた時間の中で歌を歌い舞うことは許されても、拡声器を使っての位置や並びの確認(舞台の世界でいう“場当たり”という行為)や入退場の歩き方の練習など、それを行なう私に対するその場での態勢は厳しくなかなか理解してもらえないままに時間だけがどんどん過ぎていった感じ・・・。
「動きがあることによって歌うだけとは全く感じるものが違いました。」
「はじめにいろいろな方向を向いているのが、それぞれの人生が8月6日の朝まではあったのだと感じさせ、また緊張感もあり泣きそうになりました。 そのあと、原爆を通じて、訴えたり怒ったりするだけではなく、みんなが愛情の中で一つになり、だから平和が大切なんだというメッセージを振り付けから受け取りました。」
「優しくも まっすぐな 柔らかくも 強い 手の動きが 命を語っていました。」
有り難いことにこんな嬉しい理解下さる感想も頂きました。 ありがとうございます。
ともすれば、頂いたみなさまの感想に甘えて、自分を許しそうになりますが、創り手として、届ける側として、これからまだまだ考えなければなりません。
目指したことは、エンターテイメントではない、当然コンサートでもない。 この詞をこの川を前にして作詞した中沢さんのメッセージを伝えること。 目の前の川に眠る方々が少しでも報われること。 このメッセージを見た方々それぞれが、平和への問題意識を深く胸に刻み今後を考えること。 そして次世代へつなげること。
「広島 愛の川」へ付けた振り付けは、ダンスでも踊りでも手話でもありません。
歌に込められた想いを、平和への問題意識を、皆さんに伝えるメッセージ。
歌を歌うことに加えて、手で表情でほんの少しの動きででも、もっと伝えられるのではないか。
対岸にいる多くの人達に、声は届かなくても動きは見えるのではないか。
その動きによって、言葉の違う外国人達にも何かしら届くのではないか。
そう、‘ダンスで世界平和’は舞いでメッセージを伝え届けるということ。
そんな気持ちで、この詞、この曲、この歌に振りを付けこのプロジェクトに参加しました。
この「広島 愛の川プロジェクト」は10年後も続けるとしています。 続けること、大切ですよね。
この悔しさを糧にして、反省を学びに変え、これからも続けて行こうと思います。。。
戦後70年終戦の日の今日8月15日、ここに記します。 夏 まゆみ
追伸:ちなみにこのプロジェクトは映像として残され、8月末頃にはメッセージと共に平和首長会議に加盟する世界各国約7000都市に届けられるそうです。もし少しでも興味を持った方が いらしたら下記サイトも覗いてみて下さい。
・THE 70th PEACE ACT HIROSHIMA
・広島 愛の川 PROJECT
・被爆70年広島「はだしのゲン」中沢啓治さんの詩を大合唱し、思いを未来につなぐ| A-port 朝日新聞社のクラウドファンディングサイト
・▶ 「広島愛の川」 振り付けMOVIE 練習用 – YouTube