30年前踊っていた姿を見事映し出して下さった今回のありがたい番組をきっかけに、せっかくだからね(๑˃̵ᴗ˂̵)そう… ずっとずっと昔の、30年以上前の、自分が現役ダンサーバリバリだった頃のお話をこの機会にさせてもらおうと思います。
私が23歳の時、ドラマ『毎度お騒がせします』のタイトルバックでローラースケートをしているのが私というのは前回のブログで紹介させて頂きましたが、この音楽がCCBの「ロマンティックが止まらない」だったんですょね。
ドラマのタイトルバックの撮影後、「“あのローラースケートの女の子をMVのヒロイン役にぜひ!“ という話がきたよ〜!」と、当時所属していた劇団の先生に言われ大喜びで現場に行き、衣装を渡されます。当然、青いハイヒールなわけです・笑
撮影ではね、青いハイヒールを履いてずっと踊って、ずっとメンバーに追いかけられてただただ走りました、逃げる役でひたすら走りました・笑
最後の最後に追い詰められて前を向くとその青いハイヒールの女の子は関口くんが化けていたのでした… というオチで・・・(˃̵ᴗ˂̵)
MVのヒロイン?って?どこに出演されてるんですか?とよく聞かれたものです… 笑
ダンサーはエキストラとは違うんですっ、という気持ちがのちのち湧いてきます。
今となっては、嬉し懐かしの良い思い出話。。。
ステージ上にもアリーナにも、ものすごい人数のダンサー。
そう、当時のダンサーの扱いは、“動く大道具・走る電飾“ だった…
長野オリンピックの時も寒い吹雪の中踊った経験も、、、。ダンサーが踊れない状況でも中止にならなかったイベントもマイクと楽器が凍りついて音が出ず中止になる… という・・・
そういった経験からも、のちに“ダンサーと振付師の地位を上げる“ という明確な目標を持つようになるのです…。
今でこそ、ダンサーという職業が普通に存在して、ダンサーになる!という夢を持った若者たちもいっぱいいて、ダンスが学校の必修科目にもなって、ダンス人口も増えて、ダンス番組もダンス雑誌もたくさん、たくさん。
これまで幾度となくダンスブームというのがありました。少なくとも、私が踊り始めてこの40〜50年の間に、何回か。でも、もはやブームではなく、ようやくしっかりと世の中に定着した感じがしますもんね。
私、「一億総ダンサー」という夢を掲げていた頃があります。それが既に実現している気さえします。本当に嬉しいです。
あの、、、決してね、昔を悲しんでるわけでも、今を羨んでるわけでもなくて、積み上げてきたものがあるから達成感を感じるというか、歴史の変化や進化を、今を、自分ごとのように喜べるというか、、、なんです。
ダンス大好き!ダンサー大好き!振付師もコリオグラファーたちも、応援してます。日本のエンターテイメントをもっともぉ〜っと底上げして行きたいです。
『人はいつでも、誰だって「エース」になれる!心とからだが輝く72の言葉』(3月1日に発売された私の新刊です!)に。
人はやはり、体験が大切です。知識や情報だけで得たものと実際に体験したものから習得したものとでは、大きな違いがあります。
だから体験して欲しいです。体験するために一歩を踏み出して欲しいです。そのために本書があります。
次の夢は、「1億総エース!」1人ひとりが素敵に輝く。